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もう一生分のんじゃった!

私は少しだけ先にお酒を止めたアルコール依存症者です。ただなかなか最初の一歩をふみだせず多くのものを失ってしまいました。みなさんには後悔してほしくないとの思いで書き綴っていきますのでご覧いただくと幸いです。

私は今感じた「ペットの小鳥の死が近い」ピーちゃん永遠なれ!

私は今感じた「ペットの小鳥の死が近い!」ピーちゃん永遠なれ!

 



私の家には今年九歳になる桜文鳥の「ピーちゃん」がいる。

まだ目も開かない雛のときから世話してきたので、ペットと言うよりは「三人目の我が子」と表現したい位に我が家にとって大切な存在である。

そんな「ピーちゃん」だが、今朝から何だかいつもと様子が違うのだ。

違うといっても辛そうにしている訳でもなく、一見普段と変わらない様に思えるのだが何か「違和感」を感じるのだ。

表現が難しいのだが言うなれば「ピーちゃん」から「文鳥」になったとの表現が適切かと思われる。

付け加えると、これまで「人間の様に我が家にとけ込んでいるピーちゃん」であったのが、今朝は「自然界の鳥」の様な野性味、そして本能を滲み出させているのだ。

そして私は悟った「死が近い」のだと。

 

 

 

衰えを必死に隠している!

 

私は「ピーちゃん」から離れた所でしばらく様子を伺ってみた。

そうしたところ、止まり木に摑まる足は力なくグラ付いており、またその目は気を抜くと閉じてしまうのか、必死に見開こうとしている痛々しい姿が見て取れた。

しかし、また傍に近づくと「いつもと変わらない様子を演じる」ではないか。

そう、「ピーちゃん」は自分の衰えを必死に隠していたのだ。

もちろん、これは「私たちに心配を懸けまい」等ではなく、「野生の本能」が前面に現れた結果であろうが何とも痛ましく、また切ない思いでいっぱいとなった。

「自然界」では、小鳥など小動物は老衰で弱っても外的に襲われない様、最後まで「その弱りを隠す」と言う。

だが、まさかこれまで「家族の一員」として私たちと共に過ごしてきた「ピーちゃん」がそうするとは思いもしなかった。

私の思いとしては「最後」くらいは弱みを見せ、そしてまた甘えて欲しいのだが、「野生の本能」がそれを許さないのである。

そして「ピーちゃん」は死の直前まで気丈に振る舞い続け、そして静かにその一生を終えるのであろう。

 

しかし、ただ一つ、これからも変わらない事がある。

「ピーちゃんは私たち家族の心の中で生きつづける」

ピーちゃん永遠なれ!