もう一生分のんじゃった!

お酒をやめたアルコール依存症者が断酒・禁酒・メンタル、そして健康全般について書いてます。

【断酒方法】意外と身近なアルコール依存症の境界線とは?

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私は現在、お酒をやめたアルコール依存症者である。もうやめてから何年も経つ。

だが、ここ(断酒)に至るまでの道のりは決して平坦ではなく、多くのものを失った。

もっとも、私の場合は幸いにも妻子と共に「家族」を再形成することができた故、これ以上望むものは無いに等しくもある。

 

そんな私なのだが最近ふと考える事がある。

「俺っていつから依存症になった?」・・・と。

 

アルコール依存症の定義としては、断酒または酒量を減らしたときに生理学的離脱症状が認められる時とある。

簡単に言うと、不安・イライラなどの精神的な不調、発汗・手指のふるえ、微熱などの身体的な不具合の事である。

 

だが。しかしである。

この定義を知った所であまり意味はなさない。

上の様な不調・不具合を「自覚」できた時点で、もうりっぱなアルコール依存症者だ。

ここから先の選択肢は一つしかない。一生「断酒」。

そうでなければ待っているのは「破滅」のみ。

 

そこで私は考えた。

「お酒との付き合い方」を見直すべくはどの時点・何を感じたときなのか?

「まだ引き返せる」時点とはどこなのか?

私個人の主観ではあるが、少々述べさせて頂くとする。

一人でも多くの「酒好き」がいつまでも「ただの酒好き」であらんことを願いつつ。

 

 

 

酒を飲むための努力!

 

「普通の酒好き」と「アルコール依存症者」の境界線とはどこなのか。

いや、どの時点で「節酒」等、酒との付き合い方を変えれば末永く「普通の酒好き」でいられるのだろうか。

 

結論から述べよう。

それはズバリ!。酒を大量かつ、継続的に飲む為に「努力」を始めた時である。

 

但し、酒を覚えたての頃の話ではない。

子供から大人になり、酒を覚え始めの頃というのは大小あれ、多少は飲む為の努力は必要であろう。

これは例えるなら、健康の為にジョギングを始めるにしても最低限の体力を付ける努力が必要なのと等しい。

 

話をもどすが、ここで言う「努力」とは、これまでは意識なしに飲んでいた酒。

意識することなく楽しめていた酒だったが、その量・頻度で飲む為に「努力」し始めたときである。

 

具体的には。

  • 必要量以上に飲む為にサプリ・薬などが欠かせない。
  • 飲酒翌日の二日酔い等を考慮して出来るだけ早い時間に飲み始める。
  • 飲むのも仕事だから・・・。と、自身にも周囲にも理由付けをする。

 

他にも個々それぞれの酒を飲む為の「努力」はあるだろうが、それらは全て「酒に支配」された結果である。

 

そう、この酒を飲む為に努力を始めた時こそが「普通の酒好き」と「アルコール依存症者」の境界線に辿り着いた瞬間だと私は考える。いや、実体験を振り返ってみても実際にそうだったのだ。

 

でも大丈夫だ!。まだ努力している間は境界線上に留まり、また引き返す事もできるのだ。

但し、ここに留まれる時間はそう長くはない。

明確には示せないが、どうであろうか。まあ、周囲から「そこまでして飲むか?」と言われ始めたらタイムリミットは近いであろう。

 

これから先に進んでしまえば、酒を飲む為の努力から、「飲まなければ!」との「脅迫観念」からの飲酒に変わる・・・。こうなる前に気づき、留まり、引き返して欲しいものである。

 

とまあ、ここまで好きに述べさせて頂いたが悲しい事実もある。

 

 

 

周囲の働きかけが必須!

 

悲しい事実とは?。

それは、当の本人が無意識に「努力」してしまっている事だ。

無意識・・・。これでは当然、当事者のみでは境界線へ辿り着いたことを知る由もない。

 

もっとも、そうであるが故に私はブログを媒体として発信したかったのではあるのだが・・・。

よって多くの方の助けが必要になる。

タイミング良く、このブログに訪れてくれた方は自身で気づき、留まり、または引き返せるかもしれない。

 

ただ、こうして偉そうに述べている私でさえ、当然のように「努力」して、当然のように「アルコール依存症者」となってしまった。今は運よく「お酒をやめたアルコール依存症者」であるのだが、本当に運が良かっただけなのだ。

 

だからこその「周囲の働きかけが必須!」なのである。

 

 《最後に》

「そこまでして飲むか?」

心当たりの人が居たら「しつこく」問いかけてやって欲しい。

それはきっと、あなたにしか出来ない事でもあるのだから。

  ーENDー